魔王 様 に パフェ を 作っ たら 喜ば れ まし た な ろう。 魔王様は育児中につき

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魔王 様 に パフェ を 作っ たら 喜ば れ まし た な ろう

土見稟はそんなことをまたも痛感した。 土見稟はどこにでもいる平凡な青年である。 ごく普通の家庭に生を受 け、人より多少苦労の多い少年時代を過ごし、現在に至る。 成績は特筆するほど良くもな く、どちらかと言えば試験前に頭を抱えるタイプである。 性格も穏やかで、本人は自らの我慢強さを履歴書に書けるほどの特技であると豪語しているが、だから といってそれが特別かと訊ねられればそんなことはないと答えるだろう。 そんな彼のポイントを敢えて上げるとすれば、人並みよりは整ったその顔立ちだろう か。 俗に言う美形と称されるタイプで、かといって優男かと言えばそうではなく、男性特有の逞しさがある。 そんな凡夫側の彼がここ最近、神界と魔界のプリンセスであるリシ アンサスとネリネの婚約者として選ばれたり、気づけばお隣さんたちが忽然と姿を消して一 日で跡地が豪邸になっていたり、実験体の美少女に懐かれたりと、本人も予期せぬ『突然』の出来事に恵まれるようになった。 そして、今もそう。 終わる幸せ。 そして・・・・・・。 夏の暑さもようやく落ち着き、ゆっくりと季節が秋へと移り始めた とある日。 秋の色合いが徐々に街並みにも滲み始めた木漏れ日通りを行く土見稟は、もはや 日課となった喫茶店フローラへの道のりを軽い足取りで歩いていた。 最近ではすっかり馴染みとなったフローラだが、正直、男一人で入 るのは気が引ける場所と言わざるを得ない。 ケーキやパフェといった女性向けのデザート系 がメニューの大半を占める喫茶店である。 なにが悲しくて男一人でパフェをがっつかなくてはならんのか、というのが稟の意見である。 とは言え、それでもここ の男性客の入りは上々だ。 その理由は、この店特有の制服にあった。 フリフリの短いスカートに加えて胸元も少しばかり刺激的な作りの制服で、女性の大半が憧 れる可愛いデザインである。 そんなコスチュームに身を包んだウェイトレス目当てにやってくる男性客も多い。 稟の悪友である緑葉樹などその筆頭と言えよう。 稟自身はどちらかというと、そういった理由で入ろうという気には ならなかったので今までよりつくことはなかった、のだが、現在では常連と化している。 「いらっしゃいませー」 「どうも、亜沙さん」 「あ、稟ちゃん。 いらっしゃいっ」 愛しの亜沙がここフローラでアルバイトをしているからだ。 時雨亜沙。 彼女がフローラでバイトを始めてからかれこれ二週間ほ どが経つ。 紆余曲折のドラマ有りな日々の果てに稟と亜沙は本当の意味で結ばれてから数日 後、稟はいきなりあのウェイトレス姿を披露され、亜沙がフローラでバイトを始めたということを知らされる。 だがしかし、ただでさえ見目麗しい容姿に明朗快活が魅力な亜沙だ。 加えて申し分ないスタイルにあのスマイルと接客の必殺コンボで、今では亜沙の友人である カレハと並んでフローラの二大看板ウェイトレスとなっている。 もちろん彼氏という立場にある稟としては、愛する彼女がそのよう な評価を受けることは素直に嬉しい。 嬉しいのだが、それとこれとは話が別で、他の男ども に亜沙が目を付けられているのではないかと思うと気が気でない。 そしてついに勢い余ってそのことを本人に熱弁すると、 「なぁに、稟ちゃん、もしかして妬いてくれてるの? んもー、かぁ わいいんだからっ!」 と、言う具合にからかわれてしまったわけである。 「でも、ボクとしてはやっぱり嬉しいかなぁ。 稟ちゃんに愛されて るって証拠だもんね」 その後、稟の嫉妬に対しての感想を述べた亜沙の仕草から言動の全 てが筆舌に尽くしがたいほどに可愛かったのは、今も稟の奥深くに記憶され、厳重なプロテ クトを施された後に永久保存いたりする。 その場で抱きしめなかった彼の理性に賞賛を贈りたくなるほど、その破壊力は抜群だったとだけ述べておこう。 「今日は人、少ないみたいですね」 「うんっ。 おかげでチョット退屈、かな」 「サボれるならいいじゃないですか」 「あ、稟ちゃん不謹慎だぞ。 ボクはちゃんとマジメに働いてるんだか ら」 「ええ、いつも見てますからわかってますよ」 「わかればよろしい。 わかれば」 自然と笑顔がこぼれる。 そのヒマワリのように明るい微笑みを前に、 稟は自身の幸せをかみしめた。 そんな風に内心陶酔しきっていたからだろう。 稟はついぞさっきま で一緒にいたはずの人のことをすっかり忘れてしまっていた。 「りっちゃん、あーちゃん。 二人ともひどいよ。 ボクを無視していい 雰囲気になっちゃってさ」 「え? お、お母さん!?」 「やっほー。 あーちゃん、頑張ってお仕事してる?」 そこには先程の抗議の張本人である亜麻がいた。 時雨亜麻は亜沙の実の母親である。 そのはずなのだが、二人並べば 姉妹と言われても通用するくらいの美少女然としている人物で、一度稟が友人らの前で紹介 したときはみんなが揃いも揃って石化したほどにその容姿は麗しい。 とても一児の母であろうとは想像がつかないほどにである。 だが、ある時は逆に幼く見えす ぎて 国家権力 職質と保 護 のお世話に多々な るらしいが、それはそれ で亜麻らしいと言える。 しかし、そんな幼い見た目に反してその芯はしっかりとした『母 親』が通っていて、娘を気遣い、心の底から愛するという母親像は理想的とも言えるほどに純 粋で強いものを持っている。 精神的な面で大人という点は、稟もまた感心させられるところがあった。 亜沙が人として尊敬している人物でもあり、稟自身、その 片鱗を幾度か見てきていることもあり同じような念を抱いていた。 「実はさっきそこで偶然会ったんです。 それで、俺がここに行くって ことを話したら、『じゃあ、ボクもあーちゃんのウェイトレス姿を見に行くっ!』って言っ てついてきちゃって」 とは言え、普段の様子を何度も見ていることもあり、自らの心の内と のギャップには苦笑を抑えられないのが現状のようだ。 今も苦笑いをしながら頭をかいてい る。 「はぁ・・・・・・。 ま、そのうち来るとは思ってたからいいけど、 やっぱり恥ずかしいな」 亜沙もまた、その辺は理解しているだけあって何も言わなかった。 た だし、その代わり溜息ひとつと諦めが口をついて出た。 「そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫だよ、あーちゃん。 すっごく 似合ってるよ。 ね、りっちゃん?」 「ええ」 ストレートな誉め言葉に弱い亜沙は、赤面しながら押し黙ってしま う。 しかし、顔を赤らめながら恥じらう亜沙をよそに亜麻は娘のウェイトレス姿を満足げに見 つめている。 そんな恥じらう亜沙の姿も普段のざっくばらんな人柄とはギャップがあって内心ドキッとさせられる稟だったが、このまま放って置いたら卒倒して しまいそうな勢いなので、話の方向を切り替えようと思った丁度その時。 「亜沙ちゃんたらテレてますわね。 でも、そんな亜沙ちゃんもステキ ですわ」 丁度同じシフトで入っていたカレハが助け船を出してくれた、とい うよりも追い打ちをかけてきた。 「どうも、カレハ先輩」 「あ〜、かっちゃん、お久しぶり〜」 「はい、お久しぶりです」 鮮やかなブロンドの長い髪をなびかせながら、微笑も優雅なカレハは 亜沙の親友で、もともとフローラでバイトしていた看板ウェイトレスである。 まるでヴィー ナスのようなパーフェクトビューティであるカレハのおかげでここの男性客の数が増加したとかいう噂は嘘偽りのない事実だろう。 現に、稟たちの通うバーベナ 学園でも屈指の人気を誇る存在である。 「稟さんは今日も亜沙ちゃんにお会いに?」 「ええ、まあ」 気恥ずかしくて曖昧な返事をしてしまう稟。 つきあい始めてからそれ なりに時間を重ねているのにも関わらずその仕草は初々しさが感じられる。 ちなみにこれが理由でカレハの人気はあと一歩のところで止まっているという 話がある。 この過度の妄想癖さえ無ければ、去年のミスバーベナはカレハだったかもわからないとも。 「はいはい、カレハ。 戻ってきなさーい」 しかし、そう簡単に戻ってくるカレハではない。 トリップしてし まった時の対処法はただひたすらに放置というトンデモな人物である。 これであと数分は、 ウェイトレスの人手が減ったと断言できる。 「まったく、カレハったらしょうがないなー。 あっ、いらっしゃい ま、せ・・・・・・」 カレハに呆れつつ、それでもマジメなウェイトレスの亜沙はカウベ ルの鳴る音に反応して接客を行う。 だが、その声の覇気が徐々に消えていったように感じたのは気のせい だろうか。 「いやー、神ちゃんがここの行きつけだったとはね」 「おうよ。 ここのパフェは神王御用達だぜ」 「パフェも良いが、ここの制服も素晴らしいものだよ。 最近、美しい ウェイトレスが新しく増えてね、っと、おやおや、稟ちゃんじゃないか。 奇遇だね」 そこには神王と魔王の仲良しコンビが和気藹々とした雰囲気で会話 をしながら立っていた。 「よう、稟殿。 稟殿もここのパフェを食いにきたのかい?」 「ええ、まあ、そんなところです」 この女性向けの店内に浮きまくりの二人に気圧されて言葉に詰まる 稟。 しかし、当のご本人たちは周りのことなど露ほど気にもせずにマイペースに我が道を行 く。 「しかし、稟ちゃんも隅に置けないな。 ネリネちゃんやシアちゃんだ けじゃなく、ここのウェイトレストとも親しいようだね。 羨ましい限りだ。 それに、そちら のお嬢さんも稟ちゃんの知り合いかい?」 相変わらずと言うべきか、魔王フォーベシイの女性に対する反応の 早さは今日も健在のようだ。 やれやれと嘆息しつつ、稟は一つの懸念事項を思い出し、早々 に釘を打つことにする。 「あ、はい。 でも、魔王のおじさん、手出しちゃ駄目ですよ。 亜麻さ んはこう見えても人妻ですから」 「へぇ、この若さで子持ちたぁ驚きじゃねぇか」 「人妻か。 良い響きだね。 背筋に来るものがあるよ」 本当にこの倫理観の欠片もない人物が魔界を統べる王なのだろう か、と疑問も尽きないがかくも現実とは残酷で、こんなのでも本当に魔王だったりするわけで ある。 そして、稟の忠告を無視して亜麻に声をかけるのだった。 「お嬢さん、よかったらお顔を拝見させて貰ってよろしいかな?」 本当に節操がない、などと内心ぼやく稟。 その時だった。 稟は制服の 端が引っ張られるのを感じて振り向くと、そこには亜沙が不安を顔一杯に浮かべて縋るよう な眼差しを向けていた。 それは明らかな困惑の色を示し、壊れてしまいそうなほどに弱々しい、亜沙らしからぬ行動だった。 だが、そんな亜沙の行動に納得出来るだけの理由を稟は知ってい る。 そして、稟は今になって己の浅はかさに気づき、自分を殴りたくなった。 その正 体は魔族で、しかも神界と魔界が極秘裏に進めていた共同プロジェクト『ユグドラシル計 画』の実験体第1号。 しかし、実験中の暴走によって起きた魔力の爆発で研究所は消滅し、実験体第1号は死亡とみなされていた。 だが現実には事故の衝撃に よって魔界から人間界に飛ばされ、そのまま生き延びていたというのが真実だった。 だが、もしその実験体が生きていると知れたらどうなるだろう。 また 実験のために連れて行かれるかも知れない。 亜沙はそう思ったからこそ、不安に押し潰され ながら縋るように稟の制服を掴んだのだ。 だが稟は『人の良い神王と魔王のことだ、無理矢理そんな真似はし ないだろう』、と普段の二人の様子から思う反面、『両世界の長としての立場ならどうだろ う』、と考えれば断言できないのではないかという結論に辿り着く。 その結果、亜沙同様不安に強く縛られ、冷や汗が背中の古傷に染みるような幻覚を覚えた。 理想としては、二人が気づかずに終わればいいのだが・・・・・・。 「時雨亜麻と言います」 顔を上げ、一度視線を二人に向けると、改めてぺこりとお辞儀をする 亜麻。 稟、そして亜沙は、その姿を見ながらただ祈るしかなかった。 「フム・・・・・・」 「こいつぁ・・・・・・」 沈黙が、重い。 やはり、気づかれてしまったのか。 「まー坊」 「わかってるよ、神ちゃん」 仲の良い二人の中で交わされる阿吽の意志疎通。 それが更に不安をあ おり立てる。 「亜麻くん、すまないが少しばかり我々に時間を貰えるかな?」 それは、稟と亜沙さんにとってなによりも恐れていた言葉だった。 そして亜麻はユーストマとフォーベシイに連れられて店をあとにす ることになった。 そんな事を黙って見過ごすわけにはいかない稟と亜沙は不安を抱えた まま三人についていくことにした。 バイトの途中だった亜沙だが、神魔の長のはからいに よってフローラの店長に許可を無理矢理貰って店をあとにした。 去り際にユーストマがカレハになにやら言葉をかけているが、そんな些細なことに気づかないほ どに稟は、そしてそれ以上に亜沙は、動揺を押し殺しながら平静を保とうと心がけていた それから沈黙が五人を支配し、長く感じられた道のりの末に辿り着い た魔王邸宅にて待っていたのはというと・・・・・・。 「どうしてこうなるんですかっ!?」 そこには、巨大な宴会場が出来上がっていた。 広々とした部屋は応 接間だろう。 だが、その豪奢な調度品が霞むほどの宴会ムードがその気品をぶち壊しにして いるような気がならない。 ここはシーズン優勝を果たした野球チームの祝勝会場なのではないかとさえ思うほどだ。 「どうしたんだい、稟ちゃん?」 「そうだぜ、稟殿。 そうカリカリしなさんなや」 予想を大きく裏切られ、なにもかもが訳の分からないまま頭の中が こんがらがっている状態の稟は、呑気に笑う二人の王を前に取り乱すばかりであった。 隣で は、まとわりついていた不安がすっかり剥がれ落ちたかわりに、呆然と事態を理解しようと頑張る亜沙がいる。 そして、いつもならコロコロと笑みを絶やさない 亜麻もまた、娘にあやかっているわけでもなく呆けたまま突っ立っている。 「そりゃカリカリもしますって! 俺はてっきり、亜麻さんが連れて 行かれるんじゃないかと心配で・・・・・・」 稟も、亜沙も、そして亜麻もまた同じ恐れを抱いてこの場まで来た のである。 それは市場に売られるために連れて行かれる仔牛のように、沈痛な面持ちだった ろう。 稟はこれまで自分が抱えていた諸々のわだかまりは何だったのだと訴えるように捲し立てる。 「神王様。 みなさんをお連れしましたわ」 「おう! ご苦労さん」 しかしその時、耳に馴染んだ声によって抗議を遮られてしまう。 思 わず言葉に詰まると同時に、更なる疑問が脳裏を暴れ回る。 わけもわからず半ば自暴自棄気 味に振り返ると、やはりそこには脳裏に過ぎった予想と違わぬひとが笑みを咲かせていた。 「か、カレハ先輩?」 そこには先程までフローラでバイトをしていたカレハが、いや、そ れだけではない。 ネリネにシア、楓にプリムラ、麻弓、樹と稟の友人らが勢揃いだった。 「か、カレハ、バイトは? っていうか、どうしてみんながここ に?」 亜沙もすっかり動揺を隠せない様子で、なにから訊ねたらいいのか 混乱している様子だった。 しかし、それはぞろぞろと入ってきたメンバーにも言えること だった。 「あの、カレハ先輩がパーティがあるからって」 「パーティ?」 謙虚な態度の楓が真っ先に答える。 しかし、その表情はやはり、稟 たち同様事態を正確に把握している様子ではなかった。 突然呼び出されたという様子があり ありと窺えるほどに、それぞれが困惑の表情を浮かべている。 そして、その原因を作った張本人たちはと言うと。 「そうとも。 稟ちゃん、これが喜ばずにいられるかい? なんたっ て、あの亜麻くんが生きていたんだからね」 「まったくだ。 この世にゃ神も仏もねぇのかと思ってたが、いやぁ、 やっぱりいるトコにゃあいるモンだな」 勝手にテンションを上げてうかれきっているのだった。 舞い上がる あまり、ユーストマなど自分自身を今まで批判していたと取れる文句を口にしている。 「お父様、話が見えないのですが?」 「ああ、すまないね。 年甲斐もなく興奮してしまったよ」 コホン、と咳払いをひとつ。 威厳を整え、普段の親バカっぷりもここ では脇に置き、魔王フォーベシイとしての面構えを整えると、フォーベシイは話の続きを語 り始める。 「みんなは、プリムラが研究のために造られた人工生命体であること は知っているね? 実はその話の過去にはいろいろとあってね。 中でも最初の1号体は、暴 走事故によって研究施設ごと消滅という悲惨な結果だった」 「当時、痕跡なんて残らねぇくらいに跡形もなく吹っ飛んじまったか らよ、ソイツのことは死んだとみなしたんだが、ところがどっこい」 「その彼女が生きていたのさ。 ねえ、時雨亜麻くん」 視線が亜麻に集まる。 亜麻は黙ってその帽子を脱ぐと、今まで隠れて いたその長い耳が、魔族の証がピンと姿を現す。 「で、でも、どうしてパーティなんて・・・・・・。 お二人はお母さ んを連れていこうとしたんじゃ」 「そいつぁ違ぇぜ、嬢ちゃん」 予想を良い意味で裏切られ、鳩が豆鉄砲喰らったような顔で固まる亜 沙。 稟、そして普段はマイペースな亜麻もまた、驚きを隠せない言葉だった。 「私と神ちゃんはね、今までずっと悔やんでいた。 君には辛い思いを させてしまったからね。 いくら協力してくれたとはいえ、我々のしてきたことは道徳的にも 正しいとは言えない行為だ」 「けどよ、どんなに悔やもうにも償おうにもお前さんは死んじまっ た。 死んじまったと思ってた。 けどよ、もし、もしもなんかの奇跡でいつか会えたら、そのと きはって決めてたんだ」 スッと、両世界の王は亜麻の前に歩み出る。 亜麻はいつもの朗らか な表情を固くして、口を結んだまま二人を見つめたままだ。 「申し訳ない、亜麻くん。 辛い思いをさせて」 「こんな詫びですむとは思っちゃいねぇ。 だが、これだけは言わせて くれ。 本当に、すまなかった」 「お顔をあげてください、魔王様、神王様」 恨まれていると思っていた。 どんな罵声を浴びようとも甘んじようと 覚悟していた。 恥も外聞も、ましてや王としての立場もなく、二人はどんな責め苦も受ける 覚悟で頭をたれた。 しかし、そんな二人にかけられた言葉はあまりにも慈愛に満ちたものだった。 「確かに、研究は辛い物でした。 苦しくて、辛くて、本当に辛い毎日 でした。 亜沙が励まされ、稟や楓が安らぐほ どに温かい、亜麻の笑顔がそこにはあった。 「お二人には感謝しているんですよ。 旦那様に、あーちゃんに、会え ましたから」 「お母さん・・・・・・」 なんて強いひとなのだろう。 誰もが感嘆を覚えるほどに、亜麻の言 葉は前向きだった。 過去の暗い記憶でさえも今の、そして未来の糧にしてしまうのだから。 亜沙は思う。 自分はこの人が大好きで、そして一生懸けても追いつ けないほどに大きい。 改めて尊敬しなおしてしまうほどにだ。 「そうじゃなかったらボク、旦那様に巡り会えなかった。 あーちゃん を産むこともなかった。 だから、ボクはとっても幸せです」 「そうか・・・・・・。 それを聞いて安心した」 「ああ、まったく、どうしてこうも母親っていうのは強いんかねぇ」 フォーベシイ、そしてユーストマは長年背負い続けたものがなくなる のを感じた。 だが、それだけでは終わらない。 いくら許しを貰おうとも、二人が亜麻に辛い 日々を課したのは事実だ。 そのことを、二人は決して忘れないだろう。 「実はこんなことを言うのも気が引けるが、研究チームが最近うるさ くてね」 「プリムラがこっちに居座っちまったからな。 今んところ頓挫気味で よ。 ちょいとうるせぇんだ」 「だから、もしも亜麻くんのことをかぎつけたときは少々もめるかも 知れない。 そのためにも、今しばらく素性は隠してもらっていいかね?」 「はい。 わかりました」 「ま、もしもん時は俺とまー坊にまかせな」 「当然だね。 亜麻くんたちの幸せを壊すような真似は絶対にさせない よ」 二人の表情は普段見る父親としての顔ではなかった。 神王、そして 魔王としての威厳ある表情。 全幅の信頼を寄せても安心できると思えるほどに力強い言葉 で、二世界の王は一人の女の未来を約束した。 「お父様、頼もしいですっ」 「お父さんも、ありがとっ」 だが、それもここまで。 愛娘の甘い賞賛の前に、いつもの抜けた表 情がコロッと表に出てくる。 やはり、こうでなくてはユーストマ、フォーベシイとは言えな いだろう。 「あったりめぇよ。 そんなことになってシアに泣かれたりしたらたま んねぇかんな」 「私も、ネリネちゃんに泣きつかれたら首を吊りたくなってしまうか らね。 亜麻くんの幸せを壊すことは、三段論法で稟ちゃんの幸せを壊すことになってしま う。 そしたら、ネリネちゃんが悲しむからね」 やはり根は親バカの二人だった。 だがそれも、二人にとっては亜麻 への罪滅ぼしのうちなのだろう。 亜麻の過去を奪ってしまったせめてもの償いに、安寧の未 来を、と。 「さぁて、しみったれた話はこの辺にして、今日はパーッとやる ぜっ!」 「今日は無礼講だよ。 さあ、ママ。 じゃんじゃん料理を持ってきてく れ。 もちろん、私も今日は腕を振るわせて貰うよ?」 「もう、しょうがないですねぇ」 エプロンをいつの間にか装着し、颯爽と身を翻すフォーベシイ。 そ の隣には、苦笑混じりにその後を追う妻のセージがいた。 「それに、今日はとっておきを何本か用意しようと思っている。 もち ろん、ママの好きなアレもあるからね」 「ホントに? んも〜、パパったらズルイですよ。 今まで隠しておく なんて」 「ハハ、今日は良い機会だからね」 会話の内容だけを聞いていれば、仲睦まじい夫婦の語ら いである。 だが、高校生にもなる娘を持つ親としては、少々熱すぎるというのがネリネとし ての素直な感想だった。 誰もが聞きしに勝るおしどり夫婦っぷりにご馳走様といった様子だ。 「だったら俺様も秘蔵の日本酒を何本か持ってくるとするか。 それ に、リアとライラとアイも呼んでこねぇとな」 それからというもの、フォーベシイとセージが料理の腕を振るい、多 くのワインが封を切られ、ユーストマの日本酒も並び、更にはユーストマの愛妻たちも加わ り宴会はさらなる賑わいを見せた。 途中からは亜沙、亜麻、楓、カレハ、シアもその腕を振るい、この 日ばかりは巷の五つ星レストランさえ舌を巻くほどの豪華絢爛な料理の数々がテーブルを埋 め尽くした。 そしてラストにはフォーベシイと亜沙によるデザートバトルが繰り広げられることとなる。 終止笑顔が絶えず、賑やかな宴が夜まで続けられた。 もはや無法地 帯のなんでもアリアリ状態で全力疾走のままお祭り騒ぎは続く。 「しかし、稟殿よ〜」 「なんですか?」 宴もたけなわとなり始めた頃、既にベロンベロンに酔いつぶれてい るユーストマが、酒臭い息と鼻と口に割り箸を橋のようにかけたオモシロ顔で稟にからんで きた。 そして、それが本日最大のお祭りの始まりを告げる花火の打ち上げ合図だった。 「物は相談なんだがよ、稟殿と嬢ちゃんの式は神界で挙げてくんねぇ か?」 「ぶーっ! い、いきなりなに言い出すんですか!!」 口に含んでいたオレンジジュースをスプリンクラーのように吹き出 して、稟は酔って朱に染まった頬を耳たぶまで真っ赤に染め上げて叫んだ。 「いや、神界なら一夫多妻制だからよ、嬢ちゃんに正妻は譲るとして だ、是非ともシアをその次に・・・・・・」 「おっと、神ちゃん。 抜け駆けは許さないよ。 そこはネリネちゃんの ポジションだからね」 親バカによる争いが開始された。 しかし、その火種は思わぬところ に飛び火する。 耳をロバのようにして 聞いていた土見ラバーズの面々は、カレハの爆弾発言にたいして驚きと戸惑いを隠せない。 「ちょっと、カレハ! もしかしてアレ、本気だったの?」 「あら、亜沙ちゃん。 私、冗談で好いた殿方の名前なんて言いません わよ?」 「ダメダメーっ! 稟ちゃんはボクのだからね! ぜーったいに渡さ ないんだからっ!」 『売約済み』と言わんばかりに稟を抱きしめて離さない亜沙。 ちなみ に噂の本人はと言うと、亜沙の胸に抱かれて若干夢見心地だったりする。 もはやヘヴンが見 えていた。 「さんせーさんせー! 稟くんさえよければ、正妻じゃなくてもぜん ぜんオッケーッス!」 「わたしも、稟様さえよければ・・・・・・」 「あうあう・・・・・・・稟くん、わたしも、あの、そ の・・・・・・」 「稟のお嫁さん、私もなる」 「何故だ! この世紀の色男、緑葉樹を差し置いて、なんで稟ばっか りがこんなに幸せフラグが立つんだよッ」 「諦めなさい、緑葉くん。 これもきっと、土見くんの運命よ。 それ にぃ、緑葉くんの場合、逆立ちしたって土見くんには勝てないから安心しなさい。 それにして もスクープなのですよ。 明日の一面は『土見稟争奪戦勃発! 持ち込め一夫多妻制!』ってところかしらねー」 「なあ、稟。 殴っていいかい? アカシックレコードも粉々になるく らいの破壊力で」 「お前なんてブラックホールにでも飲まれてろ」 大賛成と声高らかに喜ぶシア。 慎ましくも同意するネリネ。 照れな がらもなにげにアピールする楓。 その意味をわかっているのか微妙ながらも嬉しそうなプリ ムラ。 嫉妬に燃えながら拳を握る樹。 スクープだと大喜びの麻弓。 「こらーっ! 勝手に話をすすめるなっ! 稟ちゃんは、ぜーった い、ぜぇーったいに、渡さないんだからねっ!!」 稟と亜沙。 二人の幸せな日々は終わりを告げる。 そして、またしても 始まる慌ただしくも楽しい毎日。 その果てに、二人が結ばれるのはきっと変わらない。

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魔王様は育児中につき

魔王 様 に パフェ を 作っ たら 喜ば れ まし た な ろう

あれからレイアは無事に地上へと舞い降り、滞りなく具現化できた。 服装は生前のものが表示され、雑に整えた髪型もティアラが添えられたお陰で、体面を保つことに成功する。 「あぁ、ニコラ。 私のニコラ……!」 日頃からつぶさに眺める愛娘は、昨日と変わらない寝姿である。 それでも体温に、肌の柔らかさに触れる度、涙腺はしきりに緩むのだ。 「見て。 1年でこんなに大きくなってるの」 レイアはニコラと手を合わせた。 手首を揃えたなら、指先が掌の端にまで届こうとしている。 一回り分の成長が読み取れるようだ。 「もはや赤子とは思うまい。 立派な幼児だ」 「本当よね。 ちょっと前まで、ミルクを欲しがって泣いてたのに……」 夫婦揃って視線を注ぎ続ける。 2人が口をつぐめば、聞こえるのは安らかな寝息だけだ。 伸び伸びと育つ子を、喜びと、一抹の寂しさをもって受け入れた。 「知っているとは思うが、姉が増えたぞ」 「メイちゃんよね、この子も素敵よ。 真面目というか、真っ直ぐで、責任感もあって」 「勝手に家族に加えてしまったのだが、良かっただろうか」 「もちろんよ。 これからも、ニコラと仲良くしてくれたら嬉しいわ」 愛娘の隣で眠る少女も深い眠りへと落ちていた。 行き倒れの頃に比べると、別人のように血色が良い。 普段の様子を覗き見だのしなくとも、良い暮らしを送っている事は明らかである。 「ところで1つ聞きたいのだが、冥界で人族に出会うことはあるか?」 「全く無いわね。 どうかしたの?」 「招魂の宵に、メイの両親も呼べないかと考えている」 「……難しいんじゃないかしら。 ニンゲンは魔族とは違って、死んだ魂は精霊界へと向かうの」 「そうか。 そもそも領域が違うのか」 「ごめんなさい。 私じゃ力になれないと思うわ」 「構わない。 何か良い 伝手 ( つて )が出来たときに教えてくれ」 「それはもちろん。 約束するわ」 話が終わり、ひとしきり親子の再会を楽しむと、場所を移した。 行き先はバルコニーである。 3回目の宵にして、早くも定番が生まれつつあった。 ここで言わないと。 回廊を行く間、レイアは改めて気持ちを固めた。 エイデンの育児や政務を日常的に支え、寂しさを埋め合わせる人を探せと、迫るつもりでいる。 幸いな事に宵のうちは2人きり。 むやみに邪魔する者は居ないのだ。 「さてと。 今年も代わり映えが無くて済まない。 何かと忙しくてな」 エイデンはバルコニーに立つなり、小さく詫びた。 「良いの。 こうして時間を用意してくれるだけで嬉しいから」 レイアにとってはむしろ好都合だ。 場合によっては説得の折りに使えそうであるからだ。 多忙を証明する材料として。 「だが、丸っきり同じというのも芸が無い。 なので、口にするものには拘ってみた」 その言葉と共に指し示されたのは、テーブルを彩る菓子である。 タピオに用意させた料理は遠目で見ても美しく、歩み寄ってみれば魅了される程の力があった。 新作のパフェ・アソートは目でみるだけでも楽しく、心を激しく弾ませた。 大皿に慎ましく乗るクレープも、中身を想像するだけで口中にヨダレが溢れ返った。 そして見るべきは皿の端。 ベリーペーストで『おかえりレイア』と描かれているのである。 これにはレイアも有頂天だ。 先程まで秘めていた悲壮な決意など吹き飛び、料理に飛び付かん程に受かれてしまう。 「これ、食べていいの? 本当に食べて良いの!?」 「もちろんだとも。 その為に用意したのだ」 「わぁぁ! 向こうで眺めてる時から、食べたくて仕方なかったの!」 言うが早いか、レイアはクレープをナイフで切り分け、フォークに乗せた。 それを持ち上げ、口の方へ運ぶ。 顔が緩む。 恍惚という言葉がこれ程に似合う場面もそうあるまい。 やがて舌に乗り、口が閉じ、咀嚼。 「おいっしぃーー! あんまぁぁーーいッ!」 「そうか。 そんなにもか」 「何コレ何コレ! めっちゃくちゃ美味しいよ! タピオさんって天才なんじゃないの!」 「良かったらパフェの方も。 今日のために作って貰ったのだ」 「えへへ。 これも気になってたんだぁ」 スプーンをパフェに突っ込み、それを頬張る。 その途端に驚いたように両目を見開き、顔を大きくのけ反らせた。 傍からすると殴られたようにも見えるが、彼女はまさしく、異文化の発明品に圧倒されているのである。 未知なる概念に襲われたと言えなくもない。 「おいっしいーーッ!」 静けさを保つ夜空に高らかな声が響き渡る。 心なしか、あちこちで煌めく星々に輝きが増したようにも見えた。 何らかの魔法がかけられた錯覚を覚えるが、そんな効果のものは存在しない。 「うんまいコレうんまいコレぇ! タピオって人は天才なんてもんじゃないわ、生ける伝説よ!」 そう叫びつつ、フォークを握りしめた手を激しく縦に振った。 テーブルに拳をぶつけかねないのだが、辛うじて残された理性が際どくも制御した。 これまでの一部始終をつぶさに眺めるエイデンは、柔らかな笑顔を 湛 ( たた )えていた。 その表情を崩さぬままに、彼は対で用意した自身の皿をレイアの方へと突き出した。 想定しない事態に、歓喜の声がひととき止む。 「えっと、これは?」 「私は夕食を食べるのが遅すぎたらしい。 腹が空いてない」 「と、いう事は?」 「これも食べてくれて構わない」 「本当!? やっ……」 飛び付きそうになるのを、両手にナイフとスプーンを握るという 万全体勢 ( くいしんぼスタイル )で挑もうとするのを、どうにか寸前に阻止。 浮いてしまった腰を再び席に戻した。 慌てて咳払いを挟んで、真面目な空気を作る。 遅れて出る小さなゲップ。 今のは関係ない。 口許を滑らかな動作で拭い、十分な空白時間をおき、雰囲気の変更を成し遂げようとした。 したのだが……。 「最近、ニコラがお絵描きのような事を始めてな。 それをまとめた物を用意したぞ」 「えっ!? 見るぅーー!」 強固なる意思も娘の 画集 ( げいじゅつ )には勝てなかった。 厚めの紙に大きく、そして太く引かれた色とりどりの線。 染料と 蝋 ( ろう )で出来た画材によって描かれたものは、幼女の 天真爛漫 ( てんしんらんまん )さを余さずに表現していた。 「これは、エイデンかしら。 その隣にいるのは……」 「恐らく、シエンナだと思う」 「そうね。 ヘッドトレスみたいなものが描いてあるもの」 自分が居ない。 次を見て、その次を見ても、母親の存在は微塵も無かった。 ニコラとは赤子の時に死別したのだから当然だ。 しかし、こうして現実をまざまざと突きつけられると、うら若い心に強い痛みが走った。 それを知りつつも、これから再婚を勧める。 エイデンの日々を支え、ニコラが甘えたいだけ甘えられる人を探せと告げるのだ。 自分以外の誰かを。 「ねぇ、ニコラも大きくなって来た事だし、色々と手に余ってるんじゃない?」 ニコラの画集を手渡しつつ、静かに告げた。 それを受けるエイデンの眼が僅かに細められる。 「問題ない。 今も、そしてこれからも」 「でもね、この前も大変だったでしょう。 書類仕事に集中できなくて」 「確かにあの時はいくらか手を焼いた。 それでも、最終的にはまとまったのだから良しとしている」 「あなたには必要だと思うの。 傍で勇気付けて、時には助けとなる存在が」 エイデンは何も答えない。 否定も肯定もしないまま、ただ瞳を向け続けるばかりだ。 レイアの言葉を待っている。 そんな顔をしていた。 「だからね。 あなたには再……ッ」 言葉が喉を通らない。 肝心の『再婚』が出てこず、シャックリにも似たような発言が続いた。 恥ずかしいやら、情けないやらで、みるみるうちに顔が真っ赤に染まる。 それでも喉は弁でも閉まるかのようにして、決定的な発言を阻止し続けた。 「さい、さいっこんを……」 次第に涙が込み上げてきた。 それが彼女が持つ心の壁を溶かし、体面をも端に追いやった。 そうして飛び出したのは、本音一色の、ビビッドな感情そのものだった。 「やっぱりヤダ! 再婚なんかしないで!」 言葉と同時に、 堰 ( せき )を切ったように涙を流し、声をあげて泣いた。 その声に答えるエイデンの口調は、変わらず凪ぎの様な穏やかさを保っている。 「もとよりそのつもりだ。 今さらになって、どうした?」 「だって、エイデンが時々寂しそうな顔をするから!」 「そんな顔をしていたのか」 「そうよ、見ていて辛くなるくらい! もし私が生きてたらそんな想いさせないし、料理もニコラの世話も頑張るし! 書類のお手伝い……は厳しいけど、とにかく楽しい思い出とか、いっばい作れるし!」 「そうだと思う。 しかし、口にした所で虚しいだけだ」 「分かってるよそんな事! 自分には出来ないから、別の誰かにお願いしようかなって、そう思って……」 膨らめば萎む。 世界の条理に違わず、レイアの声も消え入りそうなまでに小さなものとなった。 「ごめんなさい。 こんなに早く死んじゃって、ごめんなさい……!」 その言葉は、遺された家族に詫びるようでも、自身に降りかかった悲運を呪うようでもあった。 それからは、さめさめと泣く。 涙で心の傷を埋めようとして。 あるいは無力なる死者が、心の赴くまま悲嘆に暮れようとして。 孤独に苛まれた小さな肩が、寂しく打ち震える。 その身体を大きな腕で包み込んだのは、それよりも大きな愛情を胸に秘める男であった。 「あまり思い詰めるな。 そうまでして自分を責めなくとも良い」 「エイデン……」 「確かに時折感じる事がある。 この場にレイアが居たならと。 だが決して、孤独に苛まれている訳ではない」 「本当に、そう思うの?」 「ニコラが毎日のように喜びを与えてくれる。 メイがニコラの遊び相手になってくれる。 シエンナをはじめとした、城の者たちも私を支えてくれる。 だから、新しいパートナーなど求める必要は無いのだ」 「でも、だって……」 「今この場で誓っても良い。 私が生涯、伴侶とするのはレイアただ一人であると。 お前だけがこの世で唯一の妻であり、母親である、と」 「……ありがとう」 それからもレイアは泣き続けた。 愛する夫の胸の中で、それこそ子供のように。 しかし、その涙に冷たさは無い。 安堵の心から溢れた、実に温かなものだった。 「ごめんね。 せっかくの夜に泣いちゃって。 台無しよね」 「そんな事は無い。 むしろ喜ばしいとすら感じている」 「どうして?」 「実を言うと、昨年の宵に私も泣いたのだ。 朝日を恨みがましく思いながら」 「そうだったの? 知らなかったわ」 「だからお互い様だ。 1年越しとは言えど、こうして気持ちが重なりあった事を嬉しく思う」 レイアの顔は耳まで赤くなった。 しみじみと涙の事に触れられるのが気恥ずかしいからだ。 こうして背中から抱きしめられている事は幸いである。 顔を見られないよう、両肩に回らされた腕に手を添えて、頭を相手の胸元に預けた。 「もっと素直になるんだったなぁ。 こんなに気持ちが楽になるんだもの」 「晒け出すべきだろう。 夫婦なのだから」 「それは難しかったわね。 だってあなた、知的で優雅な女性が好きでしょう?」 「特別そういう好みはない」 ここでエイデンがバッサリいく。 想定外の言葉に、レイアも二度見を披露してしまう。 「ええ!? そうなの? もしかして私の勘違いだった?」 「正直のところ初耳なのだが。 なぜ誤解が生じたんだ?」 「いや、なんていうか、私が知的に振る舞うと喜ばれた気がして……」 「それは言うなれば、背伸びをしている様子が可愛らしく感じるからだろう」 「クッ……。 今のは褒められたと取るべきか、バカにされたと思うべきか!」 「褒めた褒めた。 だから笑ってくれ」 「あのねぇ……。 こっちは100歳も年下なのよ? ちょっとくらい大人の女性ぽくしようって思っても良いじゃない!」 ついには頬を膨らませて拗ねる。 それを無骨な手のひらが、まるで宝石でも撫でるかのように動く。 「まぁそう怒るな。 別の話をしよう」 「はい、何ですかイジワルさん」 「冥府ではいつも何をしてるんだ?」 「ええと、1日の半分くらいは寝て、起きたら散歩かな。 それからたまにお供え物を食べて、友達と喋ったりもする」 「そうか。 馴染みの者が居るのは楽しいだろうな」 「コーエルっていうおっきな女の人なんだけどね、凄くお世話になってるの。 まるでお姉さんみたいな人で……」 今宵も他愛のない話で過ぎていく。 レイアはいつもに増して饒舌だったのは、何かが吹っ切れたお陰であるらしい。 昨年以上に豊かな表情で、時には身振り手振りを交えながら、話に没頭した。 エイデンは耳を傾ける一方だが、その立ち振る舞いを眩しいような気持ちで眺め続けた。 そして迎える朝焼け。 空の端が赤く焼け、新しい1日を告げようとしていた。 「ねえ。 ひとつ言っても良い?」 レイアがエイデンの腕に頬を寄せて、告げた。 「どうした、改まって」 返事は優しく、耳元で囁いた。 「愛してる」 いくらか軽い口調だったが、気持ちまでそうとは聞こえなかった。 「私もだ。 誰よりも愛している」 エイデンの言葉はどこまでも優しげだ。 その言葉の裏に満ち足りた物すら感じさせる。 「誰よりもって、ニコラより?」 少し悪戯心が混ざりこむ。 「……その問いは難しい、それも極めて」 エイデンは真面目にも、心に天秤を用意した。 その慌てた様子が笑いを誘い、レイアが吹き出した。 「あはは、そこまで真剣に考えなくても!」 「愛するがゆえに嘘はつけん」 「そうね、そういう所あったよね。 変に頑固な所」 「自覚は無いが、そうなんだろうな」 「ふふっ。 今回はいつもよりも楽しかったわ。 気分も清々しいし」 「それは何よりだ」 「また来年会いましょう。 約束ね」 「もちろんだとも。 必ずだ」 視線が重なると、どちらからでもなく顔を寄せた。 そして重なる唇。 互いの体温が、吐息がぶつかり合ううちに、両者を朝日が照らし出す。 エイデンが抱きすくめていたはずのレイアは、今や薄地のヴェールだけとなっていた。 「しばしの別れだ。 また会おう」 所縁の品に呟くなり、東の空を見上げた。 赤々とした太陽が、日頃と変わらぬように昇ろうとしている。 それからは空模様を一瞥しただけでバルコニーを後にした。 光を浴びるエイデンの背中は、いつもに増して逞しさを振り撒いていた。

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魔王 様 に パフェ を 作っ たら 喜ば れ まし た な ろう

土見稟はそんなことをまたも痛感した。 土見稟はどこにでもいる平凡な青年である。 ごく普通の家庭に生を受 け、人より多少苦労の多い少年時代を過ごし、現在に至る。 成績は特筆するほど良くもな く、どちらかと言えば試験前に頭を抱えるタイプである。 性格も穏やかで、本人は自らの我慢強さを履歴書に書けるほどの特技であると豪語しているが、だから といってそれが特別かと訊ねられればそんなことはないと答えるだろう。 そんな彼のポイントを敢えて上げるとすれば、人並みよりは整ったその顔立ちだろう か。 俗に言う美形と称されるタイプで、かといって優男かと言えばそうではなく、男性特有の逞しさがある。 そんな凡夫側の彼がここ最近、神界と魔界のプリンセスであるリシ アンサスとネリネの婚約者として選ばれたり、気づけばお隣さんたちが忽然と姿を消して一 日で跡地が豪邸になっていたり、実験体の美少女に懐かれたりと、本人も予期せぬ『突然』の出来事に恵まれるようになった。 そして、今もそう。 終わる幸せ。 そして・・・・・・。 夏の暑さもようやく落ち着き、ゆっくりと季節が秋へと移り始めた とある日。 秋の色合いが徐々に街並みにも滲み始めた木漏れ日通りを行く土見稟は、もはや 日課となった喫茶店フローラへの道のりを軽い足取りで歩いていた。 最近ではすっかり馴染みとなったフローラだが、正直、男一人で入 るのは気が引ける場所と言わざるを得ない。 ケーキやパフェといった女性向けのデザート系 がメニューの大半を占める喫茶店である。 なにが悲しくて男一人でパフェをがっつかなくてはならんのか、というのが稟の意見である。 とは言え、それでもここ の男性客の入りは上々だ。 その理由は、この店特有の制服にあった。 フリフリの短いスカートに加えて胸元も少しばかり刺激的な作りの制服で、女性の大半が憧 れる可愛いデザインである。 そんなコスチュームに身を包んだウェイトレス目当てにやってくる男性客も多い。 稟の悪友である緑葉樹などその筆頭と言えよう。 稟自身はどちらかというと、そういった理由で入ろうという気には ならなかったので今までよりつくことはなかった、のだが、現在では常連と化している。 「いらっしゃいませー」 「どうも、亜沙さん」 「あ、稟ちゃん。 いらっしゃいっ」 愛しの亜沙がここフローラでアルバイトをしているからだ。 時雨亜沙。 彼女がフローラでバイトを始めてからかれこれ二週間ほ どが経つ。 紆余曲折のドラマ有りな日々の果てに稟と亜沙は本当の意味で結ばれてから数日 後、稟はいきなりあのウェイトレス姿を披露され、亜沙がフローラでバイトを始めたということを知らされる。 だがしかし、ただでさえ見目麗しい容姿に明朗快活が魅力な亜沙だ。 加えて申し分ないスタイルにあのスマイルと接客の必殺コンボで、今では亜沙の友人である カレハと並んでフローラの二大看板ウェイトレスとなっている。 もちろん彼氏という立場にある稟としては、愛する彼女がそのよう な評価を受けることは素直に嬉しい。 嬉しいのだが、それとこれとは話が別で、他の男ども に亜沙が目を付けられているのではないかと思うと気が気でない。 そしてついに勢い余ってそのことを本人に熱弁すると、 「なぁに、稟ちゃん、もしかして妬いてくれてるの? んもー、かぁ わいいんだからっ!」 と、言う具合にからかわれてしまったわけである。 「でも、ボクとしてはやっぱり嬉しいかなぁ。 稟ちゃんに愛されて るって証拠だもんね」 その後、稟の嫉妬に対しての感想を述べた亜沙の仕草から言動の全 てが筆舌に尽くしがたいほどに可愛かったのは、今も稟の奥深くに記憶され、厳重なプロテ クトを施された後に永久保存いたりする。 その場で抱きしめなかった彼の理性に賞賛を贈りたくなるほど、その破壊力は抜群だったとだけ述べておこう。 「今日は人、少ないみたいですね」 「うんっ。 おかげでチョット退屈、かな」 「サボれるならいいじゃないですか」 「あ、稟ちゃん不謹慎だぞ。 ボクはちゃんとマジメに働いてるんだか ら」 「ええ、いつも見てますからわかってますよ」 「わかればよろしい。 わかれば」 自然と笑顔がこぼれる。 そのヒマワリのように明るい微笑みを前に、 稟は自身の幸せをかみしめた。 そんな風に内心陶酔しきっていたからだろう。 稟はついぞさっきま で一緒にいたはずの人のことをすっかり忘れてしまっていた。 「りっちゃん、あーちゃん。 二人ともひどいよ。 ボクを無視していい 雰囲気になっちゃってさ」 「え? お、お母さん!?」 「やっほー。 あーちゃん、頑張ってお仕事してる?」 そこには先程の抗議の張本人である亜麻がいた。 時雨亜麻は亜沙の実の母親である。 そのはずなのだが、二人並べば 姉妹と言われても通用するくらいの美少女然としている人物で、一度稟が友人らの前で紹介 したときはみんなが揃いも揃って石化したほどにその容姿は麗しい。 とても一児の母であろうとは想像がつかないほどにである。 だが、ある時は逆に幼く見えす ぎて 国家権力 職質と保 護 のお世話に多々な るらしいが、それはそれ で亜麻らしいと言える。 しかし、そんな幼い見た目に反してその芯はしっかりとした『母 親』が通っていて、娘を気遣い、心の底から愛するという母親像は理想的とも言えるほどに純 粋で強いものを持っている。 精神的な面で大人という点は、稟もまた感心させられるところがあった。 亜沙が人として尊敬している人物でもあり、稟自身、その 片鱗を幾度か見てきていることもあり同じような念を抱いていた。 「実はさっきそこで偶然会ったんです。 それで、俺がここに行くって ことを話したら、『じゃあ、ボクもあーちゃんのウェイトレス姿を見に行くっ!』って言っ てついてきちゃって」 とは言え、普段の様子を何度も見ていることもあり、自らの心の内と のギャップには苦笑を抑えられないのが現状のようだ。 今も苦笑いをしながら頭をかいてい る。 「はぁ・・・・・・。 ま、そのうち来るとは思ってたからいいけど、 やっぱり恥ずかしいな」 亜沙もまた、その辺は理解しているだけあって何も言わなかった。 た だし、その代わり溜息ひとつと諦めが口をついて出た。 「そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫だよ、あーちゃん。 すっごく 似合ってるよ。 ね、りっちゃん?」 「ええ」 ストレートな誉め言葉に弱い亜沙は、赤面しながら押し黙ってしま う。 しかし、顔を赤らめながら恥じらう亜沙をよそに亜麻は娘のウェイトレス姿を満足げに見 つめている。 そんな恥じらう亜沙の姿も普段のざっくばらんな人柄とはギャップがあって内心ドキッとさせられる稟だったが、このまま放って置いたら卒倒して しまいそうな勢いなので、話の方向を切り替えようと思った丁度その時。 「亜沙ちゃんたらテレてますわね。 でも、そんな亜沙ちゃんもステキ ですわ」 丁度同じシフトで入っていたカレハが助け船を出してくれた、とい うよりも追い打ちをかけてきた。 「どうも、カレハ先輩」 「あ〜、かっちゃん、お久しぶり〜」 「はい、お久しぶりです」 鮮やかなブロンドの長い髪をなびかせながら、微笑も優雅なカレハは 亜沙の親友で、もともとフローラでバイトしていた看板ウェイトレスである。 まるでヴィー ナスのようなパーフェクトビューティであるカレハのおかげでここの男性客の数が増加したとかいう噂は嘘偽りのない事実だろう。 現に、稟たちの通うバーベナ 学園でも屈指の人気を誇る存在である。 「稟さんは今日も亜沙ちゃんにお会いに?」 「ええ、まあ」 気恥ずかしくて曖昧な返事をしてしまう稟。 つきあい始めてからそれ なりに時間を重ねているのにも関わらずその仕草は初々しさが感じられる。 ちなみにこれが理由でカレハの人気はあと一歩のところで止まっているという 話がある。 この過度の妄想癖さえ無ければ、去年のミスバーベナはカレハだったかもわからないとも。 「はいはい、カレハ。 戻ってきなさーい」 しかし、そう簡単に戻ってくるカレハではない。 トリップしてし まった時の対処法はただひたすらに放置というトンデモな人物である。 これであと数分は、 ウェイトレスの人手が減ったと断言できる。 「まったく、カレハったらしょうがないなー。 あっ、いらっしゃい ま、せ・・・・・・」 カレハに呆れつつ、それでもマジメなウェイトレスの亜沙はカウベ ルの鳴る音に反応して接客を行う。 だが、その声の覇気が徐々に消えていったように感じたのは気のせい だろうか。 「いやー、神ちゃんがここの行きつけだったとはね」 「おうよ。 ここのパフェは神王御用達だぜ」 「パフェも良いが、ここの制服も素晴らしいものだよ。 最近、美しい ウェイトレスが新しく増えてね、っと、おやおや、稟ちゃんじゃないか。 奇遇だね」 そこには神王と魔王の仲良しコンビが和気藹々とした雰囲気で会話 をしながら立っていた。 「よう、稟殿。 稟殿もここのパフェを食いにきたのかい?」 「ええ、まあ、そんなところです」 この女性向けの店内に浮きまくりの二人に気圧されて言葉に詰まる 稟。 しかし、当のご本人たちは周りのことなど露ほど気にもせずにマイペースに我が道を行 く。 「しかし、稟ちゃんも隅に置けないな。 ネリネちゃんやシアちゃんだ けじゃなく、ここのウェイトレストとも親しいようだね。 羨ましい限りだ。 それに、そちら のお嬢さんも稟ちゃんの知り合いかい?」 相変わらずと言うべきか、魔王フォーベシイの女性に対する反応の 早さは今日も健在のようだ。 やれやれと嘆息しつつ、稟は一つの懸念事項を思い出し、早々 に釘を打つことにする。 「あ、はい。 でも、魔王のおじさん、手出しちゃ駄目ですよ。 亜麻さ んはこう見えても人妻ですから」 「へぇ、この若さで子持ちたぁ驚きじゃねぇか」 「人妻か。 良い響きだね。 背筋に来るものがあるよ」 本当にこの倫理観の欠片もない人物が魔界を統べる王なのだろう か、と疑問も尽きないがかくも現実とは残酷で、こんなのでも本当に魔王だったりするわけで ある。 そして、稟の忠告を無視して亜麻に声をかけるのだった。 「お嬢さん、よかったらお顔を拝見させて貰ってよろしいかな?」 本当に節操がない、などと内心ぼやく稟。 その時だった。 稟は制服の 端が引っ張られるのを感じて振り向くと、そこには亜沙が不安を顔一杯に浮かべて縋るよう な眼差しを向けていた。 それは明らかな困惑の色を示し、壊れてしまいそうなほどに弱々しい、亜沙らしからぬ行動だった。 だが、そんな亜沙の行動に納得出来るだけの理由を稟は知ってい る。 そして、稟は今になって己の浅はかさに気づき、自分を殴りたくなった。 その正 体は魔族で、しかも神界と魔界が極秘裏に進めていた共同プロジェクト『ユグドラシル計 画』の実験体第1号。 しかし、実験中の暴走によって起きた魔力の爆発で研究所は消滅し、実験体第1号は死亡とみなされていた。 だが現実には事故の衝撃に よって魔界から人間界に飛ばされ、そのまま生き延びていたというのが真実だった。 だが、もしその実験体が生きていると知れたらどうなるだろう。 また 実験のために連れて行かれるかも知れない。 亜沙はそう思ったからこそ、不安に押し潰され ながら縋るように稟の制服を掴んだのだ。 だが稟は『人の良い神王と魔王のことだ、無理矢理そんな真似はし ないだろう』、と普段の二人の様子から思う反面、『両世界の長としての立場ならどうだろ う』、と考えれば断言できないのではないかという結論に辿り着く。 その結果、亜沙同様不安に強く縛られ、冷や汗が背中の古傷に染みるような幻覚を覚えた。 理想としては、二人が気づかずに終わればいいのだが・・・・・・。 「時雨亜麻と言います」 顔を上げ、一度視線を二人に向けると、改めてぺこりとお辞儀をする 亜麻。 稟、そして亜沙は、その姿を見ながらただ祈るしかなかった。 「フム・・・・・・」 「こいつぁ・・・・・・」 沈黙が、重い。 やはり、気づかれてしまったのか。 「まー坊」 「わかってるよ、神ちゃん」 仲の良い二人の中で交わされる阿吽の意志疎通。 それが更に不安をあ おり立てる。 「亜麻くん、すまないが少しばかり我々に時間を貰えるかな?」 それは、稟と亜沙さんにとってなによりも恐れていた言葉だった。 そして亜麻はユーストマとフォーベシイに連れられて店をあとにす ることになった。 そんな事を黙って見過ごすわけにはいかない稟と亜沙は不安を抱えた まま三人についていくことにした。 バイトの途中だった亜沙だが、神魔の長のはからいに よってフローラの店長に許可を無理矢理貰って店をあとにした。 去り際にユーストマがカレハになにやら言葉をかけているが、そんな些細なことに気づかないほ どに稟は、そしてそれ以上に亜沙は、動揺を押し殺しながら平静を保とうと心がけていた それから沈黙が五人を支配し、長く感じられた道のりの末に辿り着い た魔王邸宅にて待っていたのはというと・・・・・・。 「どうしてこうなるんですかっ!?」 そこには、巨大な宴会場が出来上がっていた。 広々とした部屋は応 接間だろう。 だが、その豪奢な調度品が霞むほどの宴会ムードがその気品をぶち壊しにして いるような気がならない。 ここはシーズン優勝を果たした野球チームの祝勝会場なのではないかとさえ思うほどだ。 「どうしたんだい、稟ちゃん?」 「そうだぜ、稟殿。 そうカリカリしなさんなや」 予想を大きく裏切られ、なにもかもが訳の分からないまま頭の中が こんがらがっている状態の稟は、呑気に笑う二人の王を前に取り乱すばかりであった。 隣で は、まとわりついていた不安がすっかり剥がれ落ちたかわりに、呆然と事態を理解しようと頑張る亜沙がいる。 そして、いつもならコロコロと笑みを絶やさない 亜麻もまた、娘にあやかっているわけでもなく呆けたまま突っ立っている。 「そりゃカリカリもしますって! 俺はてっきり、亜麻さんが連れて 行かれるんじゃないかと心配で・・・・・・」 稟も、亜沙も、そして亜麻もまた同じ恐れを抱いてこの場まで来た のである。 それは市場に売られるために連れて行かれる仔牛のように、沈痛な面持ちだった ろう。 稟はこれまで自分が抱えていた諸々のわだかまりは何だったのだと訴えるように捲し立てる。 「神王様。 みなさんをお連れしましたわ」 「おう! ご苦労さん」 しかしその時、耳に馴染んだ声によって抗議を遮られてしまう。 思 わず言葉に詰まると同時に、更なる疑問が脳裏を暴れ回る。 わけもわからず半ば自暴自棄気 味に振り返ると、やはりそこには脳裏に過ぎった予想と違わぬひとが笑みを咲かせていた。 「か、カレハ先輩?」 そこには先程までフローラでバイトをしていたカレハが、いや、そ れだけではない。 ネリネにシア、楓にプリムラ、麻弓、樹と稟の友人らが勢揃いだった。 「か、カレハ、バイトは? っていうか、どうしてみんながここ に?」 亜沙もすっかり動揺を隠せない様子で、なにから訊ねたらいいのか 混乱している様子だった。 しかし、それはぞろぞろと入ってきたメンバーにも言えること だった。 「あの、カレハ先輩がパーティがあるからって」 「パーティ?」 謙虚な態度の楓が真っ先に答える。 しかし、その表情はやはり、稟 たち同様事態を正確に把握している様子ではなかった。 突然呼び出されたという様子があり ありと窺えるほどに、それぞれが困惑の表情を浮かべている。 そして、その原因を作った張本人たちはと言うと。 「そうとも。 稟ちゃん、これが喜ばずにいられるかい? なんたっ て、あの亜麻くんが生きていたんだからね」 「まったくだ。 この世にゃ神も仏もねぇのかと思ってたが、いやぁ、 やっぱりいるトコにゃあいるモンだな」 勝手にテンションを上げてうかれきっているのだった。 舞い上がる あまり、ユーストマなど自分自身を今まで批判していたと取れる文句を口にしている。 「お父様、話が見えないのですが?」 「ああ、すまないね。 年甲斐もなく興奮してしまったよ」 コホン、と咳払いをひとつ。 威厳を整え、普段の親バカっぷりもここ では脇に置き、魔王フォーベシイとしての面構えを整えると、フォーベシイは話の続きを語 り始める。 「みんなは、プリムラが研究のために造られた人工生命体であること は知っているね? 実はその話の過去にはいろいろとあってね。 中でも最初の1号体は、暴 走事故によって研究施設ごと消滅という悲惨な結果だった」 「当時、痕跡なんて残らねぇくらいに跡形もなく吹っ飛んじまったか らよ、ソイツのことは死んだとみなしたんだが、ところがどっこい」 「その彼女が生きていたのさ。 ねえ、時雨亜麻くん」 視線が亜麻に集まる。 亜麻は黙ってその帽子を脱ぐと、今まで隠れて いたその長い耳が、魔族の証がピンと姿を現す。 「で、でも、どうしてパーティなんて・・・・・・。 お二人はお母さ んを連れていこうとしたんじゃ」 「そいつぁ違ぇぜ、嬢ちゃん」 予想を良い意味で裏切られ、鳩が豆鉄砲喰らったような顔で固まる亜 沙。 稟、そして普段はマイペースな亜麻もまた、驚きを隠せない言葉だった。 「私と神ちゃんはね、今までずっと悔やんでいた。 君には辛い思いを させてしまったからね。 いくら協力してくれたとはいえ、我々のしてきたことは道徳的にも 正しいとは言えない行為だ」 「けどよ、どんなに悔やもうにも償おうにもお前さんは死んじまっ た。 死んじまったと思ってた。 けどよ、もし、もしもなんかの奇跡でいつか会えたら、そのと きはって決めてたんだ」 スッと、両世界の王は亜麻の前に歩み出る。 亜麻はいつもの朗らか な表情を固くして、口を結んだまま二人を見つめたままだ。 「申し訳ない、亜麻くん。 辛い思いをさせて」 「こんな詫びですむとは思っちゃいねぇ。 だが、これだけは言わせて くれ。 本当に、すまなかった」 「お顔をあげてください、魔王様、神王様」 恨まれていると思っていた。 どんな罵声を浴びようとも甘んじようと 覚悟していた。 恥も外聞も、ましてや王としての立場もなく、二人はどんな責め苦も受ける 覚悟で頭をたれた。 しかし、そんな二人にかけられた言葉はあまりにも慈愛に満ちたものだった。 「確かに、研究は辛い物でした。 苦しくて、辛くて、本当に辛い毎日 でした。 亜沙が励まされ、稟や楓が安らぐほ どに温かい、亜麻の笑顔がそこにはあった。 「お二人には感謝しているんですよ。 旦那様に、あーちゃんに、会え ましたから」 「お母さん・・・・・・」 なんて強いひとなのだろう。 誰もが感嘆を覚えるほどに、亜麻の言 葉は前向きだった。 過去の暗い記憶でさえも今の、そして未来の糧にしてしまうのだから。 亜沙は思う。 自分はこの人が大好きで、そして一生懸けても追いつ けないほどに大きい。 改めて尊敬しなおしてしまうほどにだ。 「そうじゃなかったらボク、旦那様に巡り会えなかった。 あーちゃん を産むこともなかった。 だから、ボクはとっても幸せです」 「そうか・・・・・・。 それを聞いて安心した」 「ああ、まったく、どうしてこうも母親っていうのは強いんかねぇ」 フォーベシイ、そしてユーストマは長年背負い続けたものがなくなる のを感じた。 だが、それだけでは終わらない。 いくら許しを貰おうとも、二人が亜麻に辛い 日々を課したのは事実だ。 そのことを、二人は決して忘れないだろう。 「実はこんなことを言うのも気が引けるが、研究チームが最近うるさ くてね」 「プリムラがこっちに居座っちまったからな。 今んところ頓挫気味で よ。 ちょいとうるせぇんだ」 「だから、もしも亜麻くんのことをかぎつけたときは少々もめるかも 知れない。 そのためにも、今しばらく素性は隠してもらっていいかね?」 「はい。 わかりました」 「ま、もしもん時は俺とまー坊にまかせな」 「当然だね。 亜麻くんたちの幸せを壊すような真似は絶対にさせない よ」 二人の表情は普段見る父親としての顔ではなかった。 神王、そして 魔王としての威厳ある表情。 全幅の信頼を寄せても安心できると思えるほどに力強い言葉 で、二世界の王は一人の女の未来を約束した。 「お父様、頼もしいですっ」 「お父さんも、ありがとっ」 だが、それもここまで。 愛娘の甘い賞賛の前に、いつもの抜けた表 情がコロッと表に出てくる。 やはり、こうでなくてはユーストマ、フォーベシイとは言えな いだろう。 「あったりめぇよ。 そんなことになってシアに泣かれたりしたらたま んねぇかんな」 「私も、ネリネちゃんに泣きつかれたら首を吊りたくなってしまうか らね。 亜麻くんの幸せを壊すことは、三段論法で稟ちゃんの幸せを壊すことになってしま う。 そしたら、ネリネちゃんが悲しむからね」 やはり根は親バカの二人だった。 だがそれも、二人にとっては亜麻 への罪滅ぼしのうちなのだろう。 亜麻の過去を奪ってしまったせめてもの償いに、安寧の未 来を、と。 「さぁて、しみったれた話はこの辺にして、今日はパーッとやる ぜっ!」 「今日は無礼講だよ。 さあ、ママ。 じゃんじゃん料理を持ってきてく れ。 もちろん、私も今日は腕を振るわせて貰うよ?」 「もう、しょうがないですねぇ」 エプロンをいつの間にか装着し、颯爽と身を翻すフォーベシイ。 そ の隣には、苦笑混じりにその後を追う妻のセージがいた。 「それに、今日はとっておきを何本か用意しようと思っている。 もち ろん、ママの好きなアレもあるからね」 「ホントに? んも〜、パパったらズルイですよ。 今まで隠しておく なんて」 「ハハ、今日は良い機会だからね」 会話の内容だけを聞いていれば、仲睦まじい夫婦の語ら いである。 だが、高校生にもなる娘を持つ親としては、少々熱すぎるというのがネリネとし ての素直な感想だった。 誰もが聞きしに勝るおしどり夫婦っぷりにご馳走様といった様子だ。 「だったら俺様も秘蔵の日本酒を何本か持ってくるとするか。 それ に、リアとライラとアイも呼んでこねぇとな」 それからというもの、フォーベシイとセージが料理の腕を振るい、多 くのワインが封を切られ、ユーストマの日本酒も並び、更にはユーストマの愛妻たちも加わ り宴会はさらなる賑わいを見せた。 途中からは亜沙、亜麻、楓、カレハ、シアもその腕を振るい、この 日ばかりは巷の五つ星レストランさえ舌を巻くほどの豪華絢爛な料理の数々がテーブルを埋 め尽くした。 そしてラストにはフォーベシイと亜沙によるデザートバトルが繰り広げられることとなる。 終止笑顔が絶えず、賑やかな宴が夜まで続けられた。 もはや無法地 帯のなんでもアリアリ状態で全力疾走のままお祭り騒ぎは続く。 「しかし、稟殿よ〜」 「なんですか?」 宴もたけなわとなり始めた頃、既にベロンベロンに酔いつぶれてい るユーストマが、酒臭い息と鼻と口に割り箸を橋のようにかけたオモシロ顔で稟にからんで きた。 そして、それが本日最大のお祭りの始まりを告げる花火の打ち上げ合図だった。 「物は相談なんだがよ、稟殿と嬢ちゃんの式は神界で挙げてくんねぇ か?」 「ぶーっ! い、いきなりなに言い出すんですか!!」 口に含んでいたオレンジジュースをスプリンクラーのように吹き出 して、稟は酔って朱に染まった頬を耳たぶまで真っ赤に染め上げて叫んだ。 「いや、神界なら一夫多妻制だからよ、嬢ちゃんに正妻は譲るとして だ、是非ともシアをその次に・・・・・・」 「おっと、神ちゃん。 抜け駆けは許さないよ。 そこはネリネちゃんの ポジションだからね」 親バカによる争いが開始された。 しかし、その火種は思わぬところ に飛び火する。 耳をロバのようにして 聞いていた土見ラバーズの面々は、カレハの爆弾発言にたいして驚きと戸惑いを隠せない。 「ちょっと、カレハ! もしかしてアレ、本気だったの?」 「あら、亜沙ちゃん。 私、冗談で好いた殿方の名前なんて言いません わよ?」 「ダメダメーっ! 稟ちゃんはボクのだからね! ぜーったいに渡さ ないんだからっ!」 『売約済み』と言わんばかりに稟を抱きしめて離さない亜沙。 ちなみ に噂の本人はと言うと、亜沙の胸に抱かれて若干夢見心地だったりする。 もはやヘヴンが見 えていた。 「さんせーさんせー! 稟くんさえよければ、正妻じゃなくてもぜん ぜんオッケーッス!」 「わたしも、稟様さえよければ・・・・・・」 「あうあう・・・・・・・稟くん、わたしも、あの、そ の・・・・・・」 「稟のお嫁さん、私もなる」 「何故だ! この世紀の色男、緑葉樹を差し置いて、なんで稟ばっか りがこんなに幸せフラグが立つんだよッ」 「諦めなさい、緑葉くん。 これもきっと、土見くんの運命よ。 それ にぃ、緑葉くんの場合、逆立ちしたって土見くんには勝てないから安心しなさい。 それにして もスクープなのですよ。 明日の一面は『土見稟争奪戦勃発! 持ち込め一夫多妻制!』ってところかしらねー」 「なあ、稟。 殴っていいかい? アカシックレコードも粉々になるく らいの破壊力で」 「お前なんてブラックホールにでも飲まれてろ」 大賛成と声高らかに喜ぶシア。 慎ましくも同意するネリネ。 照れな がらもなにげにアピールする楓。 その意味をわかっているのか微妙ながらも嬉しそうなプリ ムラ。 嫉妬に燃えながら拳を握る樹。 スクープだと大喜びの麻弓。 「こらーっ! 勝手に話をすすめるなっ! 稟ちゃんは、ぜーった い、ぜぇーったいに、渡さないんだからねっ!!」 稟と亜沙。 二人の幸せな日々は終わりを告げる。 そして、またしても 始まる慌ただしくも楽しい毎日。 その果てに、二人が結ばれるのはきっと変わらない。

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